人事労務管理②(人事制度、退職金)
(1) スムーズな制度移行に向けて
【図表1】の通り、人事制度は社員の処遇決定基準となるため、組織再編に伴い人事制度にどのような影響が及ぶかは、社員にとって大きな関心事であり、同時に不安要素でもある。これは退職金制度も同様である。
社員の不信感やモチベーションの低下などを招くことがないように、組織再編後の人事制度・退職金制度の方向性や内容については再編の実行前において十分に検討し、円滑に制度移行できるように準備しておくことが重要である。これにより、組織再編の社内発表と同時に、今後の人事制度や退職金制度の方針等を社員に対して丁寧に説明し、不安を取り除くことも可能となる。
【図表1】
(2) 持株会社体制移行に伴う人事制度の考え方
組織再編に伴い、持株会社による企業グループ運営体制に移行することで、それぞれのグループ会社の事業特性にあわせて柔軟に人事制度を設計することが可能となる。
例えば、持株会社に戦略・企画・営業機能を設け、子会社に製造機能を設けた場合で考えてみる。この場合、前者がホワイトカラーの社員が中心となるため業績・評価で賃金がアップダウンする「成果を重視する制度」とする一方で、子会社ではブルーカラーの社員が中心となるため年齢や勤続により安定的に昇給する「年功を重視した制度」を設計するようなイメージである。
このように、各社の特性にあわせた「人事制度の柔軟性」は大きなメリットだが、一方で、各社ごとに制度の内容が大きく異なる場合は、次のような課題(デメリット)もある。
- ① 社内のべクトルの統一
- 人事制度を通じて、会社が「求める人材像」や「期待する成果・行動」などを社員に対して発信し、社内の一体感を醸成することができるが、グループ各社で制度が大きく異なる場合、各社の社員が目指すベクトルがバラバラとなりやすい。
- ② 人事交流
- 評価や処遇の仕組みが異なる場合、グループ各社間における出向・転籍等の人事交流の支障となる可能性がある(給与水準が大きく異なるため転籍できない等)。
- ③ 事務処理の負担
- 人事評価や退職金支給等の事務処理が各社ごとに異なるため、事務処理が複雑となり、負担になりやすい。
これらの課題も踏まえて、グループ全体で共通化(統合)できる部分についても、事前に検討しておくことが重要である。
(3) 人事制度・退職金制度検討における論点
人事制度・退職金制度の検討にあたっての具体的な論点は【図表2】の通りである。組織再編にあたっては、再編後の各社制度について、それぞれの論点から事前に検討しておくことが望まれる。
特に注意すべき点は、組織再編に伴って新しい賃金テーブルや諸手当の基準に当てはめた場合に、現行賃金よりも減額となる社員が発生した場合の対応である。この場合、労働条件の不利益変更への移行措置として、また、再編後の大きな混乱を避けるため、制度変更後の数年間程度は調整手当等を支給することで現行賃金を保障することが一般的である。なお、労働組合の影響力が強いこと等から再編前の労働条件の変更が困難な場合は、既存社員は現行制度を維持して、将来的に入社する社員に対してのみ、新人事制度を適用させるケースもある。
また、退職金制度の見直しにあたって、退職金を外部機関で運用したり、積立を行っている場合も注意が必要である。例えば、中小企業退職金共済制度(中退共制度)や確定拠出年金制度(DC)で退職金制度を運用している場合、再編に伴って新会社等への移管手続が必要となるケースがある。また、厚生年金基金に加入している会社が再編した場合、再編後の新会社が基金の加入要件に該当せず、社員が基金から脱退を余儀なくされる可能性もあるため注意が必要である。
【図表2】
区分 | 検討にあたっての主要な論点 |
人事制度全体のポリシー | ・今後どういった人材を処遇していきたいか(求める人材像)? ・求める人材に対してどのように処遇していくか? ⇒一般的なモデルとして賃金をどのように上げていくか(賃金カーブ)のイメージ |
等級制度 | ・コース区分(総合職や一般職など)をどのように設定するか? ・キャリアステージのステップ(等級の段階)を何段階で設定するか? ・労働基準法上の管理監督者の範囲をどのように設定するか? |
評価制度 | ・評価シートの内容(評価基準/評価点数の算出方法等)をどのように設定するか? ・評価のスケジュール(評価期間/処遇への反映サイクル等)をどのように設定するか? ・評価決定の運用プロセス(1次評価・2次評価・評価調整会議等)をどのように設定するか? |
賃金制度 | ・賃金はどのくらいの水準に設定するか? ・基本給・諸手当はどのような決定基準・構成に設定するか? ・賞与の原資決定や個人別の支給額決定にあたっての基準をどのように設定するか? |
退職金制度 | ・退職金はどのくらいの水準に設定するか? ・退職金原資はどのような手段で積み立てを行うか? ・退職金の支給対象者の範囲はどのように設定するか? |
(社会保険労務士 羽淵 崇之)