人事制度の統合により、組織再編のメリットを最大限に享受する
組織統合で検討する事項
当事会社が組織再編を実行したあと、組織再編によるメリットを最大限享受するためには両社の組織の統合が必要不可欠となります。組織が統合することにより対応しなければならない事項は広範囲に及びます。
ここで、会社が対応策を考えなければならない事項とは、一般的には次のようなことを指します。
- ・ビジョン・戦略の統合
- ・事業方針の検討
- ・組織・体制の統合
- ・業務プロセスの統合
- ・ITシステムの統合
- ・経営管理の統合
- ・人事制度の統合
ただし、これ以外にも当事会社特有の事項がある場合には、別途検討する必要があります。本書では、上記に列挙した事項のうち、とくに実務上で重要な人事制度の統合について説明します。
人事制度の統合
グループ外会社との合併など組織風土が異なる会社が統合する場合、組織再編後の従業員間のコミュニケーションに軋轢が生じる(たとえば、会議や打ち合わせでの対立など)場合があります。
このような状況が発生した際には、すぐに効果が出る対応策は存在せず、時間をかけてお互いの考え方や価値観の違いを認識し、理解することで相互協力体制を築いていきます。
- ① 組織における人事制度の役割
- 従業員にとって、人事制度は処遇決定の仕組みです。その処遇決定の仕組みが示されなければ、従業員は「何を拠り所に頑張ればよいか」がわからずに不安を抱きます。場合によっては、日々の業務活動に影響を及ぼすかもしれません。
また、会社側にとっての人事制度は、従業員の処遇決定の仕組みであると同時に、組織力向上の手段でもあります。組織力の向上は、すべての組織体にとって永遠のテーマであり、ここに目を向けずして会社の発展を描くことはできませんし、発展はあり得ません。
下図は、従業員の意識や行動が組織力向上につながるまでのプロセスを表したものです。組織再編後の組織力向上のためには「ビジネススキル向上のルート(キャリアパス)」と「組織の一員として求められる姿(期待像)」を明示することが必要となります。
会社が求める期待像やキャリアの形成に向けて、まず行うべきことが「役割・責任の遂行」と「必要能力の醸成と発揮」です。統合後の人事制度のなかで、各キャリア段階で必要とされる役割や責任および能力を明示し、期待像の明示の中で、組織の一員として共通に求められる考え方や行動規範も表現することが必要です。
人事制度は、従業員に対しての会社からのメッセージです。「従業員自身が描く将来のキャリア」と「会社が用意するキャリア」のマッチング、「組織の一員として求められる期待像」といった人事制度が発するこれらのメッセージに対して、どのような意識と行動でもって組織再編後の組織の発展に貢献するかを考え、具体的に行動することを従業員に求めることになります。●従業員の意識や行動が組織力向上につながるまでのプロセス
●人事制度の発するメッセージから落とし込まれた人事制度全体の体系イメージ
人事制度全体の体系イメージ
前ページ図は、人事制度の発するメッセージから落とし込まれた人事制度全体の体系イメージです。
- ① 人事制度上のメッセージ
- 人事制度が発するメッセージは、普遍的な理念やビジョンにかかわるものから、事業計画や年度計画といった具体的な使命として求められるものまでがあります。事業計画等の場合、時限的なものとなるので、ある一定の期間、または事業年度ごとに変わることが前提となります。
理念やビジョンに大きくかかわるものは、組織の根元を支えます。また、従業員のあるべき姿(期待像)でもあるのです。その期待像が、他社からの借り物では従業員に訴えることはできません。新しい組織のスタートだからこそ、組織再編の目的を踏まえて理念やビジョンに大きくかかわるものを策定する必要があります。 - ② 期待像の表現
- 人事制度上で発せられる期待像が、その組織のもつ風土や文化と大きくミスマッチを起こしている場合、その期待像によほど大きな動機づけが存在しなければ、従業員側の受入れは困難、もしくは時間を要することになります。たとえば、プロセスを重視し、若手の育成に力を入れている組織に「成果主義を全面に打ち出した制度」を導入すると、その組織のもつ風土と異なり、従業員は拒絶反応を起こす場合があります。
組織再編の最大の目的は、組織力の向上による収益力の強化と、それによる事業の発展です。組織力の向上は手段であると同時に、それ自体が目的でもあります。なぜならば、組織力のない組織に本業の発展はあり得ないからです。そして、大事なことは、組織力の向上は短期間で成し得るものではないということです。
持続性のあるメッセージと、それを具体的に体現しようとする人材が存在して、初めて組織再編による効果をめざす体制のスタートを切ることができるのです。
人事管理面から見た組織再編時の留意事項
従業員は、認められることで組織における自分の存在価値を認識し、それがモチベーションとなります。そのモチベーションは、当然日常の仕事ぶりにもエネルギー転換されます。適材適所では、この状態を見て判断することが望まれます。組織再編時の人事管理において、管理する側にとってもっとも重要なことは、適材適所の意識と、それを実現するための仕組みづくりおよびその実行にあります。
適材適所は短期間では判断できるものではなく、一定の期間が必要です。その一定期間で実施しなければいけないことがあります。それがその人の仕事ぶりを認める、すなわち人事考課です。
先に説明した「組織における人事制度の役割」のとおり、従業員は、「自分たちの処遇決定の仕組み」に拠り所をもって業務を遂行し、将来のキャリア形成を考えます。しかし、組織再編後の組織においては、賃金体系の整備や等級制度の格付けなど人事制度には早急に手をつけることが困難なことが一般的です。会社側としては、アクションは、人事制度構築の時期と、会社が求める期待像のアナウンスとなります。「いつ、賃金体系が変わる」予定で、「会社は自分たちに何を求めるのか」がわかれば、一定の安心感を与えられるとともに、具体的な行動をうながすことができ、結果的に人事考課が可能となります。
●人事管理面から見た組織再編時の留意事項
組織再編後の組織における人事制度の構築方法
組織再編後の組織における人事制度の構築は、次のステップで進めます。
●組織再編後の組織における人事制度の構築
- ① 現行制度の分析(ステップ1)
- 当事会社内で異なる人事制度を融合したり、事業のあり方が一新した場合、「現行の人事制度が組織価値向上に寄与するものであるか」を検証することになります。
●分析の切り口
通常、人事制度を改定する場合、大きく分けて2通りの考え方があります。
「①現行制度の問題点改善型」の場合、人事制度そのものがもつメッセージ(処遇決定の基準など)は変えず、個別の問題点の改善に重点を置くことになります。
「②現行制度の抜本的改定型」の場合、人事制度そのものの考え方から、ゼロベースで改定することになります。
組織再編時の人事制度の改定は、前者と後者の考え方の両方を取り入れながら進めることになります。期待像やキャリアパスなど人事制度のメッセージになる部分は抜本的につくり直し、細部は基本的に現行制度の統合や継承にて実施することになります。そのため、現行制度の分析と把握が極めて重要です。 - ② 基本コンセプトの検討(ステップ2)
- 基本コンセプトとは、人事制度を構築するうえで基本となる考え方です。次ページ図で挙げる各検討要素においては、1つのストーリーとして結ばれることを意識して検討することになります。
●検討の要素の例
たとえば、長期雇用を前提とした雇用政策の場合、当然、期待像は数値成果的なものよりも行動や能力に重点を置いたものになります。なぜならば、一般的に数値成果重視のコンセプトは長期雇用に結びつかないからです。
またこの場合の育成においても、業績を上げるためのビジネススキルよりも、行動や考え方の訓練であるヒューマンスキルに重きを置くことになります。賃金を大きな変動を容認する仕組みにした場合、その仕組みは長期雇用のコンセプトに合わないかもしれません。昇格昇進も期待像の際と同様となるため期待像では「行動」に重点を置き、昇格は数値成果重視といった組み合わせを実施しないことが重要となります。 - ③ 人事制度の設計(ステップ3)
- 人事制度の設計について、組織再編のうちもっともイメージがしやすい合併を基に説明します。
異なる制度を統合する場合、たいていは調整が必要となります。そして、その調整は時間(期間)をかける手法によって、経済的かつ心理的な緩和を図ることになります。
しかし、すべてにおいて調整する必要はありません。調整期間を設けるべきではないものと、できれば設けたほうがよいものとがあるからです。 - 1. 調整期間が必要ない領域
人事制度のメッセージ(期待像、処遇基準)については、調整期間を設ける必要はありません。合併前の会社と人事制度に対する考え方が大きく異なることは十分に考えられます。企業文化の違いから、なかなか受け入れ難いということもあるかもしれません。たとえそのような場合でも、人事制度のメッセージについては、人事制度改定時から全面適用されるべきです。
そのため、人事制度のメッセージが色濃く反映される等級制度や人事考課制度も、調整期間を設けずにただちに新制度が適用される部分となります。 - 2. 調整期間が必要な領域
調整期間が必要な領域は、月例給与の部分となります。月例給与の調整は、生活に直接影響を及ぼします。そのような部分については調整期間を設け、一定の配慮をすることが、結果的に人事制度全体の理解度が高まることにつながります。
一方、賞与は賃金の一部ですが、その性質は月例給与とは異なります。業種や職種にもよりますが、会社の業績連動としての側面を少なからずもちます。激変緩和のための調整期間を設けるとしても、極力短くし、早い段階で新制度へ移行することが望ましいです。なぜならば、賃金を変えることが従業員の人事制度に対する認識度をもっとも効果的に高めるからです。月例給与では、不利益変更などが生じた場合、生活への影響の配慮等がありますが、賞与についてはもちろん生活給としての賞与水準を維持しつつ、新しい考え方を適用させる余地が十分あるといえます。●人事制度の設定と調整