事業の移転による従業員への影響を検討することが重要
事業の移転は、組織だけではなく、従業員へも影響を及ぼします。そのため、組織再編後の人員配置や労働条件等への影響がどの程度あるのかを事前に検討することが大切です。
本項では事業の移転全般や合併、分割、事業譲渡といった各事業の移転手法ごとに従業員への影響を検討します。
人員配置① 労働契約の承継と手続き★★
まずは、組織再編の目的に照らして人員配置を検討します。
「どのような組織とするのか」
「拠点をどこに配置し、各部の責任者を誰にするのか」
といったことを検討する必要があります。
たとえば、営業エリアが重なっている会社が合併した場合、営業所等の統廃合が行われ、余剰人員が生じる可能性があります。
この場合、再編前の雇用調整も含めた検討が必要となります。
人員配置は再編スキームごとの法的な制約や必要な手続きを踏まえて検討する必要があります。
合併、会社分割、事業譲渡のそれぞれにおける労働契約の承継に関する考え方と手続きについては次のとおりです。
- ① 合併
- 合併では、権利義務のすべてが合併会社または新設会社に自動的に承継されます。この権利義務のなかには、会社と従業員との間で締結されている労働契約も含まれますので、合併にともなう労働契約に関する特別な手続きは必要ありません。
なお、承継される労働契約のなかには、正社員のみならず、契約社員、アルバイト等の非正社員との労働契約も含まれます。したがって、合併を理由に非正社員の労働契約を解除(解雇)することはできません。
【こちらもご覧ください】
合併により存続する会社、消滅する会社がそれぞれ行わなければならない労務関係の手続きとは?
>>>合併における労働保険手続
>>>合併における社会保険手続
- ② 会社分割
- 1. 会社分割における3つのグループ
会社分割における労働契約の承継は少し複雑となります。また、合併や事業譲渡に比べてさまざまな手続きが必要となります。
会社分割において、従業員は、承継する事業に - 「主として従事する者」
- 「従として従事する者」
- 「その他」
- の3 つのグループに分けられます。次図のように、どのグループに属するかにより、労働契約の承継の考え方や手続きが異なります。
●会社分割における3つのグループ
再編の種類 労働契約(原則) 会社分割 主として従事する者 承継される 従として従事する者 承継されない その他 承継されない いずれの場合も、労働契約を承継する場合は会社分割にともなう手続きが必要です。
2. 労働契約の承継
A会社からX事業をB会社に承継する場合の労働契約の承継について、次の従業員のグループ区分を前提として考えてみます。●従業員のグループ区分
従業員甲 X事業に「主として従事する者」 従業員乙 X事業に「従として従事する者」 従業員丙 X事業にまったく関係していない者 従業員甲
従業員甲については、会社分割により、原則としてA会社からB会社に労働契約は承継されます。ただし、例外として、従業員甲からの異議申し立てがなければ、B会社に労働契約を承継せず、A会社に残すことも可能です。●X事業に「主として従事する者」=甲氏
従業員乙
従業員乙については、従業員甲と逆に、会社分割により原則としてA会社に労働契約は残されます。ただし、例外として、従業員乙からの異議申し立てがなければ、B会社に労働契約を承継することも可能です。●X事業に「従として従事する者」=乙氏
従業員丙
従業員丙については、承継される事業にかかわっていませんが、従業員乙と同様に考えます。3. 会社分割の手続き
会社分割については、次のように法律で必要な手続きが定められています。従業員や労働組合との協議等、一定の期間を要しますので、全体スケジュールを検討する際は、この点も考慮して決める必要があります。●会社分割で必要な手続き
・従業員の理解と協力を得るための説明 ・労働協約中の分割契約書に定める部分の労使合意 ・労働契約の承継に関する従業員との協議 ・労働組合への通知 ・従業員への通知 ・従業員からの異議申し立て
【こちらもご覧ください】
会社分割を行う場合に注意しなければならない労務関係の手続きとは?
>>>会社分割における労働保険手続
>>>会社分割における社会保険手続
- ③ 事業譲渡
- 事業譲渡では、譲渡会社と譲受会社との間で合意した事項について承継されます。したがって、労働契約を承継することについて、あらかじめ両社で合意しておく必要があります。ただし、合併や会社分割の場合と異なり、両社で合意しただけでは労働契約は承継されず、譲渡会社から譲受会社に転籍することについて、従業員から個別に同意を得なくてはなりません。
●事業譲渡
再編の種類 労働契約(原則) 承継する場合の手続き 事業譲渡 承継されない ・会社間の合意
・従業員の個別の同意なお、転籍という方法ではなく、譲渡会社を退職後、譲受会社で新規に雇用することも可能です。転籍であれば、一般的には前後の勤続年数を通算する等の対応を行いますが、退職・雇用の場合は、譲渡会社と「退職手続き」を、譲受会社と「雇用手続き」を行い、前後の契約に関連性をもたせない対応となります。
なお、退職・雇用を選択した場合、一時的に退職金として多大な支出を伴う可能性があることから、その資金手当等についても事前に検討が必要になります。
ただし、退職・雇用の方法に従業員が同意することが前提です。
人員配置② 出向★
会社分割や事業譲渡の場合、分割会社または譲渡会社に籍を残したまま承継会社または譲受会社で働かせる出向も可能です。
出向とは、出向元と雇用関係を維持したまま、出向先とも雇用関係を締結するものです。この場合、出向元では休職として勤務を免除し、出向先で勤務させます。
会社分割の一部や事業譲渡では、従業員の個別の同意を得なければ労働契約を承継させることはできません。新たな会社に籍を移すことは、従業員にとって不安がともない、同意が得られない場合もありますので、再編当初は出向で対応し、一定期間経過後に従業員の同意を得て転籍させる対応も考えられます。
●出向時の取扱い
人員配置③ 雇用調整★★★
組織再編の結果、余剰人員が生じる可能性がありますので、人員配置を検討する際には、雇用調整も視野に入れて検討します。
- ① 雇用調整の種類
- 雇用調整にはおもに次の4つの種類があります。
●雇用調整の種類
種類 概要 退職勧奨 会社側から退職するよう個別に働きかけるもの。退職するか否かの決定は従業員の自由意思による。 希望退職 退職金加算等の退職条件を提示して退職を募集するもの。募集条件(35歳以上等)を設定できる。 早期退職 定年前の一定年齢に達した場合に、有利な条件で退職させるもの。定年に近い年齢の従業員の退職をうながすことを目的にする場合が多い。 整理解雇 会社業績の悪化によって事業の継続が難しい場合に、会社側からの通告により労働契約を解除するもの。 会社の経営状況、雇用調整の対象となる人数、雇用調整費用として拠出可能な額などの状況に応じて調整方法を選択する必要があります。また、雇用調整は再編前に行います。
- ② 整理解雇
整理解雇を行う場合には、判例では次の4つの要件を満たす必要があるとされています。
●整理解雇における要件
要件 | 概要 |
解雇の必要性 | 業績の悪化等解雇を行う経営上の必要性があること |
対象者の選定 | 解雇する対象者の選定基準に合理性があること |
解雇回避努力 | 役員報酬の削減、時間外労働の削減等の解雇を回避するための努力を行っていること |
手続き等 | 労働組合や従業員との協議、説明が十分に行われていること |
近年では、すべての要件を満たしていなくても総合的判断により解雇を有効とする例もみられますが、いずれにしても、解雇を行う場合には慎重に検討する必要があります。